ドキドキの場面から浮き足立って家に帰った。
家に帰って学校での出来事を思い出せば思い出すほど、夢だった気がしてきた。
だって、あのクールで無口で沈着冷静な高田くんが、私の家に来るはずがないし、来ると伝えに来るわけがない。
ホワイトデー当日
学校にいる間、どこかの休み時間で居眠りでもしてしまっていたのだろうか。
そして、あの時間が夢であったことを証明するかのように、時間だけが過ぎた。
17時が過ぎ、17時半が過ぎ。
18時が過ぎ、18時半が過ぎ。
19時が過ぎた。
・・・やっぱり、高田くんが来るはずが無いんだ。・・・
あの時間は本物だったかもしれない。
でも恐らく気が変わったのだろう。
それかホワイトデーのお返しを他の子に渡してる間に、告白を受けたりしてめでたくカップルになったのかもしれない。
マイナス思考の負の感情がグルグルと渦を巻き始めた。
そして諦めかけたその時、家のインターホンが鳴った。
真っ先に私が出た。
私「はい」
相手「あ、えと、高田ですけど‥」
私「はい、行きます」
それだけ言うと急いで玄関を出て、マンションのエレベーターに乗り込んだ。
(うちはマンション住まいです)
エレベーターには大きな姿見の鏡が付いている。
鏡に映った自分をチラッと見た。
その時初めて、恋する自分の顔を見た。
私、高田くんと話す時、いつもこんななのかな?
これじゃ、バレバレだな〜。。。
などと考えていた気がする。
走ってエントランスへ駆けて行くと、息を切らしながら自転車から降りる高田くんがいた。
辺りは完全に夜の暗闇に包まれていたけれど、高田くんがあまりにも神々し過ぎて、白い光が体全体から放たれているように見えた。
ただ、マンション内部に設置された照明が逆光になって、高田くんの表情がハッキリと見えない。
高田くんが紙袋を持ちながら近づいて来た。
高田くん「これ、ホワイトデー」
私「あ、ありがとう!」
・・・・・・
沈黙の時間が少しだけ流れた。
やり取りする紙袋のカサカサという音だけが響いた。
高田くん「うん。じゃ、また」
高田くんはそれだけ言うと、自転車にまたがり帰って行った。
恐らく1分もかかっていない会話。
たったそれだけなのに、頭から湯気が出そうだった。
しばらくその場に立ち尽くした。
今目の前で起こったことが、何かの間違いなのではないかと思うほど。
何分くらいたたずんでいたんだろう。
外気の寒さに気づき、マンションのオートロックドアに入って行った。
ふらふらになりながらまたエレベーターに乗り込んで鏡に映った顔は、真っ赤に茹で上がっていた。
家に帰ると真っ先に自分の部屋に入り、呼吸を整えた。
体全体が心臓になってしまったみたいに、体中からドキドキと聞こえるようだった。
高田くんにもらった袋から中身を取り出すと、可愛い小さい犬のぬいぐるみがカゴに入った飴を抱えている といったものだった。
そして犬のお腹には押すためのボタンがあり、そこを押すと「ワン、ワワン」という鳴き声を3セット発するものだった。
人生で初めて嬉し泣きをした日だった。
この瞬間から、この犬のぬいぐるみは私の宝物となり、学習机のセンターが置き場所となった。
キーホルダーとしてぶら下げる用のリングもついていたけれど、無くしたら困るので置いて鑑賞することにした。
この日から、私の勉強時間は至福で包まれることになった。
疲れたら犬のぬいぐるみを見て、ボタンを押してまたやる気を出す。
ホワイトデーの日の記憶を遡っては、にやけて勉強に身が入らないことも度々あった。
幸せな中2の終わり。
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